文字デザイン考「美文字」「下手巧文字」の「偶然」と「必然」のお話

出先の駅や道で、友人や知人にバッタリ遭遇することがある。直近半年を振り返ると、3名の方とすれ違いざまに「お久しぶりです!」と簡単な挨拶を交わした。偶然の必然とはよく言うが、これもなにかのご縁だと思う。

先日は、浅草西参道に商店を構えるお客様との商談を終え、店を出てすぐの参道で大学の後輩に数年ぶりに遭遇した。彼は、奥様が教諭を勤める浅草の小学校の学芸会を見に来た帰りで、浅ブラしていたところだった。一人だと、しっかり昼食をとらないことも多いが、浅草事情に詳しい商店の店主から、現地の人が行く美味しいお勧めランチ店を教えていただいたばかりだったということもあり、一緒にランチに行くことにした。

文字デザイン考「美文字」「下手巧文字」の「偶然」と「必然」のお話

彼とは、大学で知り合ったのだが、幼少期から学んでいた書壇が同じだったこともあり、書の見方に近いものがあった。私は九州、彼は北海道であるが、書壇は列島を繋ぐ。「書の見方とは?」と、思った方もいるかもしれないので、補足する。華道や茶道でも流派が違うと、大切にしているコトやモノ、精神性などが変わるのと同じで、書壇ごとに書風や評価基準に傾向があるのだ。細かく説明すると、長くなるので興味のある方は、「日本、書道、書壇」などのキーワードでgoogle先生に聞いてみてほしい。

さて、話を戻す。
彼とは、近所に住んでいた先輩宅で、書道会のようなものが発足した時の仲間だ。(縛りの緩い自由な会で、1年経過したくらいからか、私は早々にフェードアウトしたので、ごめんなさい。ではあるのだが。。。)この会の発起人で主幹である先輩は、もう5年以上は経つはずだが、若くして某女子大の教授として書道を教えている。この時、Webサイトを公開し、展覧会活動などを一緒にした。私が初めてブログで文章を書いたのは、この会が発足した時だった。

「テーマ」「オーダー」「らしさ」「意義」などが明確化されていない中で、何かを発信するというのは、ハードルが高いと感じた。かなり悩み、悩み抜いた末、たまたま連れて行ってもらった銀座すし好のカウンターに飾られた作品をテーマと決めた。武者小路実篤の鯛の書画であった。論評にならぬよう、読んでいる人が楽しめたり面白がれたり、その体験をしたくなるようなワクワク感を意識した。「なかなか良い。」と主幹に言われ、ほっと胸をなでおろしたのを今も鮮明に覚えている。今、何処かに所属してブログを書く機会ができたタイミングで、初心を思い出すには十分な再会だと思う。

また、私が大変お世話になったシンクタンクの出版局から出版した『ひらがないろは』(日本地域社会研究所)という文字絵本の「題字」「筆文字」を書いたのも彼だ。遠い記憶で、正直よく覚えていないが、○ティーちゃんを起用した丸文字typography(タイポグラフィー)であいうえお絵本が書店に台頭するさなか、美文字を学べる文字絵本を出版したいね、という話だった。時同じくして、ちょうど弊社の新進気鋭デザイナーさんの味わい深い素敵なデザイン文字を商用無料で公開しはじめたタイミングである。calligraphy(カリグラフィー)の楽しさを再確認する時期なのかもしれない。

文字デザイン考「美文字」「下手巧文字」の「偶然」と「必然」のお話

現行の文部科学省の学校教育における楷書の手本は、中国唐代の欧陽詢(おうようじゅん)の九成宮醴泉銘(きゅうせいきゅうれいせんめい)である。数年前からよく目にする「美文字」の起源とも言えるだろう。しかし、世間一般ではこの古典自体をフォーカスしてまで関心を持つ人は少ない。

知名度の高い日本の書家に、相田みつをさんがいる。彼の書風は、技巧的な時代を経て、彼の言葉を表現した独特の筆跡造形が多くの人を魅了してきた。有楽町駅直結の美術館は創館時、人々が並び、飲食店などのトイレで彼のカレンダーをよく目にした。サブカル用語のハシリではないが、一種のヘタウマ(下手巧)が普及したと言えると考える。手書き文字ブームを振り返ると、数期前の先輩が郵政と組んで仕掛けた絵手紙がある。「ハガキに絵と文字を書いて送ろう」というコンセプトに賛同者も多く、20年近くたった今も、関連本やグッズを目にする。

手書き文字を、見ることも書くことも減少傾向にある中、書道の歴史や面白さや魅力を伝えている方々は、確かにいる。「書道博物館でアバンギャルドな注書きが貼り出している!」とInstagramで話題になっていると彼に聞いた。書家、中村不折の筆跡を模して学芸員が創作したものだが、それに気づく一般の人は少ないだろう。中村不折を知らない方もいるだろうが、カレーで有名な新宿中村屋のロゴの揮毫をした方と言えば、筆跡にピンとくるかもしれない。

12月はじめに、書道博物館と別の資料館でそれぞれ学芸員をしている同期の友人と3人で忘年会をしたばかりだ。書道博物館は、2018年の年始から東京国立博物館と連携して開催される、呉昌碩(ごしょうせき、1844~1927年)中国清代の書家の企画展準備の只中とのことだった。15回目を迎えるそうだが、上野公園から台東区の書道博物館までの徒歩距離は、ちょっとあるが、ぜひ足を運びたい。

文字デザイン考「美文字」「下手巧文字」の「偶然」と「必然」のお話

私が学芸員免許取得の授業を受けていた頃から、多くの美術館や博物館、資料館などの来館者数がとても少ないことが問題視されていた。力(資金)の有無で立地や広告が変わるので、集客数にダイレクトに反映される。今の自分を鑑みると、関係者からチケットを譲り受けた時、外国籍の友人から誘われた時、よほど見たいお目当て作品がある時、に足を運んでいる。映画館に行くように、散歩をするように、来館者数が増える日は来るだろうか。課題解決の糸口の一つとして、今回のInstagramなどのSNSに期待ができる。

1年くらい前のことだが、東北で書道を教えている友人が臨書や美文字を気ままにInstagramにアップしていたところ、数カ月で数千人のフォロワーがついた。「なんだか怖くなって」ということで、アカウント閉鎖したそうだが、美しい手書き文字に興味関心がある方も相当数いるんだろうと思った。私もたまに、「書道を教えてほしい」と相談されることがある。教えるというより、指南するスタンスで、時間を作ったこともある。それを経験して思ったのは、「お稽古事で終わらせない」ために「何目的」なのかを明確にすることが重要だと思う。

浅草に舞台を戻す。
お腹いっぱい、ランチを終えて、駅まで向かう道すがら浅草寺を通りかかった。大学で歴代受け継がれているバイト、年末年始の浅草寺のお札書きの話に。当時お誘いがあったが、年末年始は実家帰省と決めこんでいたので、その貴重な体験の機会を逃したままだ。年末年始時期の浅草寺境内空間で一筆入魂、筆と向き合いたいものだ。ボランティアで結構なので、働かせてもらえないだろうかと思う。