タイムマシンの世界

まさにアニメ・映画の世界ですが、タイムマシンは作れるのか?という人類永遠のテーマ?に応えるならば、実はずいぶん昔から理論上作ることは可能だということはわかっています。ただし、これはあくまで理論上であって、実際技術的に作れるかどうかはほとんど起こりえない夢のような話となっています。

アインシュタイン「相対性理論」

タイムマシンの可能性をひも解く上でその理論の根っことなっているものが、天才物理学者といわれたアインシュタインの「相対性理論」です。相対性理論は「運動している物体の電気力学(特殊相対性理論)※1905年」と「一般相対性理論の基礎(一般相対性理論)※1916年」の2つを総称したもので、「相対性理論」という名前の論文があるわけではありません。その内容は非常に難解なものではありますが、「光速よりも速く動くことはできないよ」とか「重いものの周りだと空間ゆがむよ」とかかなりスケールのデカい話になっています。

相対性理論で導き出された結論

相対性理論

相対性理論では、大きく6つの結果が導き出されています。

  1. 光の速さよりも早く動けるものはない(光の速さは秒速30万kmで一定。1秒間に地球を7周半します)
  2. ある物体が光の速さに近づいたとき、その物体は縮んで見える
  3. 光の速さに近づくと時間は遅く流れる
  4. 重いもの(質量の大きいもの)の周りでは、時間は遅く流れる
  5. 重いもの(質量の大きいもの)の周りでは、空間がゆがむ
  6. 重さ(質量)とエネルギーは同じである

    早速パニックになりそうですが、タイムマシンができる根拠となる部分を説明します。

    (前提)光の速さよりも早く動けるものはない

    光の速さは秒速30万kmというとてつもなく速いスピードで動いているわけですが、無限に速いわけではないですよね。だとしたらいつか将来、技術が発展して光と同じ速さ、あるいは光の速さを超えることができるのではないか?と思うところですがそれは無理だと相対性理論では説明しています。相対性理論によれば、スピードがあるものは重くなります。止まっている状態と走っている状態では、走っている状態のほうが若干体重は重くなっているのです。重くなると走りづらくなり、スピードも出づらくなります。これを繰り返して、もしも光の速さで走ることができたとしても重さが無限になってしまい、光の速さ以上にスピードを出すことができなくなってしまうのです。

    光の速さに近づくと時間は遅く流れる

    時間

    止まっているものと動いているものでは、動いているもののほうが時間が遅く流れます。「そんなまさか!」と思いますが、これが光速に近づけば近づくほどさらに遅く流れ、仮にあなた自身が光の速さに限りなく近づくと、あなたの時間は地上で普通に生活している人から見るとほとんど止まっているように見えるのです。

    これまで時間とは、誰にとっても同じようにながれるもの、すなわち「絶対的」であると考えられてきました。ところが相対性理論によれば、光の速さは一定であり(光速度不変の原理)、時間は人によって流れが違うということが分かったのです。つまり時間は「相対的」なんだだということです。実際に相対性理論をベースとした実験も行われており、「地上に置いた時計」と「世界一周している飛行機の中に置いた時計」を比べたところ、世界一周から帰ってきた飛行機の中の時計の方が59ナノ秒(0.000000059秒、ナノ=10億分の1)遅れていました。これは相対性理論が想定した遅れとほぼ一致しているといわれています。

    現在から未来へ行くことは理論上可能である

    歪み

    光の速さに近づけば近づくほど時間の流れは遅くなっていきます。光速に限りなく近いロケットが開発され、宇宙を旋回しながら地球に帰ってきたとき、その乗組員と地球で生活していた者の間では流れた時間に差ができているのです。つまりロケットの乗組員は、地球の未来を見ることができるということです。実際には光速に近づける程の莫大なエネルギーが見つかっていない等の理由で実現は夢となっていますが、なんとなくロマンを感じますよね。

    蛇足ですが、私たちが普段使っているGPSには相対性理論が大いに活躍しています。GPS衛星は地球の周りを非常に速い速さで回っています。そのため「速く動くものは時間が遅く流れる」が効いてしまい誤差が生じます。同時に、相対性理論で明らかになった他の事象による誤差も生じてしまい、正確な位置情報を得ることができません。私たちが正確な位置情報を手に入れることができるのは、相対性理論が明らかにした誤差を織り込んだ時間補正によるものです。私たちの生活にも大いに役立っている相対性理論…奥が深いですね。これからも勉強していきたいと思います。